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  • 2016.12.24 Saturday
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おすすめ展覧会


森美術館
会田誠展

ミズマアートでの山本の”同僚”画家。
中央道の笹子トンネル事故で一部通れない中、早朝に八ヶ岳を出て東京に向かったので、美術館に入ったのがその日一番乗りでした!ヤッター!(どーでもいいけど)
展示会場で転げ回って笑いたいほど、おもしろい作品が溢れています。見終わった時には身体中がボロボロに疲れていました。
この展示は、展示内容に一部ヤバイ部分があり、大手企業のスポンサーがあまりつかなかったので、勧進という方法で、一般の人からお金を集めて費用捻出をしています。私も早速15,000也を支払いました。会場に勧進に参加した人の名前が掲示されていなのですが、思ったより少なかった!皆さん、勧進して、展示を見に行ってください。
もっとお金があれば50万円支払って「考えない人」の像が欲しかったー
日曜美術館でも会田さん自らが出演して展覧会のアピールをしていました。テレビを見ていた山本が「わかりやすい作品だよなー」と言うと、テレビの中の会田さんが、その一言が聴こえたかのように「僕はわかりやすいだけが取り柄の絵描きです」と絶妙のタイミングで言ったので、我が家のお茶の間が爆笑の渦になりました。
会田さんの溢れ出るその、創作意欲に脱帽します。
エッセイ本も出されていて、カリコリ...という本を読んだのですが、その中の”ボール”に対する想いを綴った詩が名作なので、こちらも是非ともお買い求めください。

三菱一号館美術館
シャルダン展

その後の印象派に影響を与えたロココ派の画家。
日本では写実絵画が流行っていて、ホキ美術館も観に行きましたが.....森本草介さん磯江さんなど素晴らしいものもあるのですが、それ以外は、絵にもなっていない....代物が多かったのにはがっかりしました。
現代画家が、シャルダンのような空気感を持つ絵を描けたら、きっと誰もが注目するのでは...と思いました。実は、セオリー通りの当たり前の画面作りをしているのですが、当たり前がなかなかできない。シャルダンの技巧というのは並外れているのでしょう。
ルーブルにたくさん収蔵されているそうですが、たぶん日本でこれだけまとまって見ることができるのは滅多にないでしょう。巡回無し、なのでびっくり。

新宿ニコンサロン
BRIAN SATO

展示が今日までなのですが、BRIANについてはまたお知らせします。
ハワイの日系2世のポートレイトが素晴らしいです。
昨年から日本で少しづつ展示されていますが、もっと紹介されるべき作品群です。
作品集としてまとまると良いと思っています。

坂東玉三郎

10月に日比谷の日生劇場で開催された玉三郎の舞踊公演を見に行って来ました。
「傾城」「藤娘」「楊貴妃」の3本立てでした。
テレビではなく生の玉三郎の踊りを見るのは初めてでした。ずっと見てみたかったのですがなかなか重い腰があがらずに....やっと実現しました。
一言でいえば、完璧でした。これこそが完璧という言葉にふさわしいものであると思いました。同じ息を吸っている人間とは思えない美しい動きの連続....地唄舞というジャンルなのか...激しい動きは殆どなく(藤娘などは衣装代わりなどで楽しませるというエンターティメントの要素が少々ありましたが)内容も、ほんの数時間、もしくは数分の間の出来事を舞いで表現するという物。それも、主人公のほんの微細な心の動きを表現するということだから、あまりにも抽象的で、それを人に見せて感動させる舞台に仕上げるというのは、超難易度が高いとしか言いようがありません。
あと感動したのが、舞が終わった後のお辞儀の素晴らしさです。
普通、舞台が終わった後のカーテンコールのご挨拶は、演者は、もう舞台の役からは離れて現実の自分に戻っていて、「今日の私どうだった〜〜?」的なお疲れさまでしたーの雰囲気です。
(それがダメと思うわけではありません)
しかし、玉三郎の場合には、その役のまま....その舞台の雰囲気のままです。
そして、そのお辞儀が10種類ぐらいあり、その動きがまたまた美しく....
最初から最後の最後のカーテンコールまで、美しさが持続します。
「今日の私どうだった〜」というものはまったくなく、「皆様、私の舞を見に来てくださりありがとうございます」という感謝の言葉が身体から滲み出ていました。
声で発する言葉ではなく、身体の動きでここまで言いたい事を現せるなんて!
わざわざ東京まで出向いて観賞した甲斐がありました。
玉三郎さんありがとうございました。
美のオーラに接する事ができた幸せなひとときでした。

さくらのそのにっぽん

 最近、急速に私の興味が向かっている、作家の多和田葉子さん。
彼女はベルリン在住ですが、時たま日本での活動もあるようです。
ただの物書きならず、ベルリンでは劇団を主宰していらっしゃるようです。
また、朗読会の活動も盛んに行っています。
11月に両国のシアターカイという劇場で多和田葉子脚本、イスラエルのルティ・カネル演出の戯曲がかかるという事で、でかけていきました。
この戯曲はチェーホフの「桜の園」の本歌取りが下敷きですが、脚本がすべて、ひらがなで記されている、という仕掛けがあります。
多和田さんの目論みとしては、ひらがなで書かれた脚本は、漢字のようにパッと見ただけで視覚的に意味が頭に入ってくるのと違って、一歩一歩文字を辿っていかないと意味に辿り着けない...という作業をしなければならない...ということらしい。
そのような過程を経て役者さんたちが劇を作りあげていった時に普通の台本の場合と何か違いが出るのか?.....実験的な要素を含んでいました。
私は事前にひらがな脚本だという事を知っており、実際のひらがな脚本も予習していましたが、脚本がひらがなであった事の意味が実際の舞台で何か意味をなしたか...というと、それは特に強くは感じられませんでした。
ただ、ひらがなのみで記された日本語を読むのはおもしろかったです。
”言葉のおもしろみ”的な事を全面に出したいのであれば、今回の演出はちょっと装飾的だったかな?と思います。わかりやすく楽しいエンターティンメントに仕立て上げられていたように思います。
演出が日本語が殆どわからないイスラエル人というのは良いと思いますが、いっそのこと、役者さんも日本語がわからない人を混ぜたらどうだったでしょうか。
その方が”ひらがな”という音のみの表記方法で書かれた脚本の意味を実際の舞台でもっと表現する事が出来たのではないかと.....
「桜の園」を現代の日本に置き換えた場合の面白みという内容と共に、ひらがなきゃくほんという実験、その2つの要素がうまく相乗効果になったのかどうか....私には何とも言えません。
劇場という場は、熟成された完成品を見せるところだけではなく、観客に考えるキッカケを与える場所でもあるのだとすれば、とても興味深い試みだったと思います。
また、演劇を見たのはあまりにも久しぶり(20年ぶり位かも)でしたが、一番感じた事は、役者さんたちが、身体、心、頭など人間の持っている全ての要素をフル稼働させている姿が非常に美しかったです。
一般的に演劇は喰えない商売と言われていますが、生物としての自らの要素を振り絞るように出し切って舞台に立つ快感が何にも代え難いのかもしれない....と思いました。
言葉が文章となり物語になった際、紙という媒体に印刷されているのを一人で読む場合と、朗読会で人が読むのを聞く場合と、実際の人間がそれを演じるというのは、同じ物語でもそれぞれ大きな違いがあるのだなぁ...と改めて認識しました。そのズレというか仕切り直しというのか....そんな食い違いに多和田さんは興味があるのかな....と想像しています。
いっぱい感じる事がありすぎて、まとまりません....
来年は歌舞伎やその他演劇など、出来る限り色々見てみたいなーと願っています。




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