Los Angels Times に記事掲載

現在ロスのCraig Krull Galleryで開催中の「浄」展ですが、LA TIMESに記事が掲載されました。ありがたいです。
早速、他の画廊からも問い合わせがバンバン来ています。
新聞の威力はすごいですね。

LA TIMES2014記事

以下、訳を記しますが、根-rootsでなければならないところを、なぜか枝-branchesになってしまっています。山本としては、branchesという言葉は一度も使っていないのですが、何か勘違いされたようです。どんなに説明を何回しても、こういった誤解が出てしまう事がよくよくあることです。

リア・オルマン記者

『山本昌男がとらえた物体と精神』

山本昌男の写真は、とことん削られているように目には見えるが(目にはミニマルだが)、精神を大きく開放してくれるものである。彼の作品は直接的で、分類学なみの情報の明確さを呈しているが、それらは、観るものに解釈の猶予を与えてくれる。

彼のいわば地質学や植物学に由来した被写体は、いともたやすく精神性と詩心をもって、語りかけてくる。

Craig Krullで展示された山本の新作「Shizuka=Cleanse」は、石や木の枝といったものを、暗い不確定な背景の前で、孤立した彫刻的フォルムとして撮影している。イメージはアルミ板にマウントされ、額に入れずに、まったく潔白ともいえる本来の形で展示されている。

山本の以前の華麗な(ゴージャスな)主に風景の作品群も別室に展示されている。他の作品群と離して展示することで、Shizukaの純粋さがさらに強調されている。ひとつのすべすべした木の塊の官能的なくぼみは、横たわる胴体を思わせる。へこんだ石、でこぼこの石、穴の開いた石、スベスベの石。頬のこけた顔を思わせる石もある。月のような石。純粋な動き―跳躍、ストレッチ、ねじり―を感じさせるものもある。

山本は、こうした作品に、文字通り示唆的なタイトルを与えている。たとえば、ほぼ全体がすっぽり影に包まれていて、てっぺんだけが光っている石を富士山に見立てるように。また、いくつも手を伸ばした枝を神秘的なペガサスに見立てるように。こうしたラベルは、被写体への瞑想を開くというよりは閉じてしまうようで、やや邪魔に感じる。その物体と宇宙、物体と精神との繋がりを表すには、作品の優雅さと質感と形だけで十分に思える。



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  • 2014/05/08 4:00 AM
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