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  • 2016.12.24 Saturday
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さくらのそのにっぽん

 最近、急速に私の興味が向かっている、作家の多和田葉子さん。
彼女はベルリン在住ですが、時たま日本での活動もあるようです。
ただの物書きならず、ベルリンでは劇団を主宰していらっしゃるようです。
また、朗読会の活動も盛んに行っています。
11月に両国のシアターカイという劇場で多和田葉子脚本、イスラエルのルティ・カネル演出の戯曲がかかるという事で、でかけていきました。
この戯曲はチェーホフの「桜の園」の本歌取りが下敷きですが、脚本がすべて、ひらがなで記されている、という仕掛けがあります。
多和田さんの目論みとしては、ひらがなで書かれた脚本は、漢字のようにパッと見ただけで視覚的に意味が頭に入ってくるのと違って、一歩一歩文字を辿っていかないと意味に辿り着けない...という作業をしなければならない...ということらしい。
そのような過程を経て役者さんたちが劇を作りあげていった時に普通の台本の場合と何か違いが出るのか?.....実験的な要素を含んでいました。
私は事前にひらがな脚本だという事を知っており、実際のひらがな脚本も予習していましたが、脚本がひらがなであった事の意味が実際の舞台で何か意味をなしたか...というと、それは特に強くは感じられませんでした。
ただ、ひらがなのみで記された日本語を読むのはおもしろかったです。
”言葉のおもしろみ”的な事を全面に出したいのであれば、今回の演出はちょっと装飾的だったかな?と思います。わかりやすく楽しいエンターティンメントに仕立て上げられていたように思います。
演出が日本語が殆どわからないイスラエル人というのは良いと思いますが、いっそのこと、役者さんも日本語がわからない人を混ぜたらどうだったでしょうか。
その方が”ひらがな”という音のみの表記方法で書かれた脚本の意味を実際の舞台でもっと表現する事が出来たのではないかと.....
「桜の園」を現代の日本に置き換えた場合の面白みという内容と共に、ひらがなきゃくほんという実験、その2つの要素がうまく相乗効果になったのかどうか....私には何とも言えません。
劇場という場は、熟成された完成品を見せるところだけではなく、観客に考えるキッカケを与える場所でもあるのだとすれば、とても興味深い試みだったと思います。
また、演劇を見たのはあまりにも久しぶり(20年ぶり位かも)でしたが、一番感じた事は、役者さんたちが、身体、心、頭など人間の持っている全ての要素をフル稼働させている姿が非常に美しかったです。
一般的に演劇は喰えない商売と言われていますが、生物としての自らの要素を振り絞るように出し切って舞台に立つ快感が何にも代え難いのかもしれない....と思いました。
言葉が文章となり物語になった際、紙という媒体に印刷されているのを一人で読む場合と、朗読会で人が読むのを聞く場合と、実際の人間がそれを演じるというのは、同じ物語でもそれぞれ大きな違いがあるのだなぁ...と改めて認識しました。そのズレというか仕切り直しというのか....そんな食い違いに多和田さんは興味があるのかな....と想像しています。
いっぱい感じる事がありすぎて、まとまりません....
来年は歌舞伎やその他演劇など、出来る限り色々見てみたいなーと願っています。




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